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2007年8月 9日 (木)

善光寺の研究を学ぶ2-善光寺と瓦-

 善光寺瓦についての整理も、小林さんの研究がわかりやすい。
 小林さんは善光寺の軒丸瓦をA・B・B2・C・D・D2に分け、それぞれの特徴は次の通りである。
 Aは線鋸歯文の複弁八弁蓮華文で、大正13年に本堂床下で見つかったものと須坂市の左願寺廃寺跡(善光寺「中道」の東の先にあって高井郡衙か、近くに小河原氏館と言われる土塁と堀跡がある)で見つかったものと、佐久市長土呂(佐久の郡衙推定地か妙楽寺か)で見つかったもの
 Bは仁王門北東でみつかった凸鋸歯文の複弁八弁蓮華文で、その時同時に礎石も確認されたという。また牟礼バイパスと佐久市長土呂でみつかったものもこの分類に含まれるという。
 B2はBの小型で、仁王門から桜枝町に通じる羅漢小路で見つかった
 Cが境内出土の単弁十弁
 Dは仁王門の西北で見つかった中世の巴文軒丸瓦
 D2が釈迦堂前で見つかった近世の巴文軒丸瓦

 小林さんは、これらの軒丸瓦と軒平瓦の組み合わせから、8世紀から9世紀前半までの時期が軒丸瓦Aと重弧文で川原寺系の組み合わせ、9世紀後半以降が軒丸瓦Bと唐草文で法隆寺系の組み合わせと推定し、また国分寺瓦など大きさの比較からこの時の建物は小さかったと考えている。
 なお、小林さんはA系の軒丸瓦の類例として奈良市の般若寺跡や滋賀県愛知郡稲枝町普光寺跡の資料を紹介しているが、今回新たに見つかった瓦の近江とは偶然なのだろうか

 ところで信濃の古代寺院にもどれば、明科廃寺や石川廃寺、雨宮廃寺、込山廃寺が有名で、これらに加えて若槻の稲田二ツ宮遺跡でも寺院関係の遺物が見つかっており注目されるという。若槻は善光寺近辺のなかでも瓦生産や古代遺跡にかかわる資料の多い場所だが、二ツ宮遺跡では瓦塔や鴟尾が出土し、明科廃寺とも共通する特徴があるという。
 またDの巴文軒丸瓦は仁王門の西北でみつかっており、小林さんは、これを頼朝の復興による建立された五重の塔にともなうものとした米山さんの見方を紹介している。周知のように『一遍聖絵』に描かれた善光寺の屋根には瓦は葺かれておらず、中世の瓦が塔の推定地近くで見つかっているという情報をあらためて考慮しても良い可能性がある
 これまでも善光寺の瓦に関わるいくつかの研究をふりかえってきたが、やはり位置情報と資料情報を密接につないだ整理が今最も必要な作業になるだろう

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