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2011年10月 9日 (日)

春日井シンポジウム

お話をお聞きしていて一番印象に残ったのが鎌倉時代の日本の形です。
この5年ほどの発掘でわかったことですが、善光寺は 鎌倉時代に大工事をして大きく境内が変わりまし た。
その後の姿を描いたのが『一遍聖絵』で、実は本堂の後に、 昨日の話にあった、タケミナカタの年神堂につながるような社(かと思われる建物)が描かれています。
また神社も同様に、善光寺聖のような宗教関係の人々が日本中で活躍したのも鎌倉時代でした。
そもそも一遍自体が善光寺と熊野に参詣することで遊行の意志を固めます。
このようにみていくと、善光寺と諏訪大社の関係は、そういった神仏共存の鎌倉時代のひとつの典型を象徴する関係だったのではないかと思いました。

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